2011年11月28日
ますのすし
富山ますのすし
この駅弁は地元宮崎の異色のスーパー「 フーデリー 」で買った物です。
長い話なのでこの ますのすし についてはずっと下の方を読んでください。
途中は個人的な思い出話なので読む必要はありません。

駅弁は大嫌いでした。
バカ高いくせに、冷めていて寒い冬なんか歯が痛いくらい冷たかった。
量だって少ない。そんなモンに安月給つぎ込む余裕はありませんワ。
単なる出来合い食材の詰め合わせも多い-。 そんな偏見もあったんだと思います。
僕はずっと以前、出張族でした。 毎月、毎週出張、日帰りから一泊二日。一番多かったのは1週間前後かな。
時間がもったいないので食事は移動中に済ませてました。今でもそれは習慣になってます。
ファーストフードが手っ取り早くてよく利用してました。
大きな駅だと周辺のデパ地下などで買ってた記憶があります。
同じ高価でもデパ地下弁当の方がナンボかマシだ思ってました。
しかし駅弁に対する偏見を打ち砕いたのがこの「ますのすし」でした。
まったく懐かしい・・・。
これを食べた日はちゃめちゃな日だったので思い出深いんですよ(笑)。
今思い出しても笑ってしまう。
あれは寒い季節だったなあ。もう20年も前の話ですワ。
会社からの急な出張命令でした。
愛知県豊田市 と 石川県金沢市 を回り、その日のうちに大阪まで帰ってこい!。
北陸も東海も行ったことなかったので、経路どころか位置関係すら知りません。
行けと言うだけで交通手段のアドバイスなんてしてくれません。
あの頃、分厚い時刻表なんて小さい文字に目がチカチカするだけでまったく理解不能でした。
会社が終わったあと、大阪駅のみどりの窓口へ相談に行ったんだっけ。
相談を持ちかけるとその人すごく困ってたなあ。結構年配でかっぷくのいい人でした。
う~ん・・・と何度も唸ってたのを覚えてます。 でも一生懸命考えてくれました。
見た目と違って親切だった。かなり遅い時間なのに、30分以上あーでもないこーでもないとプランを考えてくれました。
そして翌日早朝出発。
とにかく朝一番の新幹線に乗ることが大前提。みどりの窓口の人に念押しされてました。
東海道新幹線で大阪駅から名古屋駅へ。
名古屋駅で中央本線へ乗り換え、名古屋駅から高蔵寺駅へ。
さらに乗り換え。愛知環状鉄道で高蔵寺駅から新豊田駅へ。
この高蔵寺の乗り換えが一番不安でした。この日最大の関門といっていい。
前の晩、みどりの窓口でこの乗り換えを調べるのにすごく手間取ったんです。
なにしろ乗り換えが1分!。
通勤時間帯なので到着が遅れたら・・・調べてくれた人もソコまで予測出来ないと言ってたのです。
高蔵寺駅に着いたら反対のホームに猛ダッシュ。
僕だけじゃなかった。
かなりの人が全速力で走ってたなあ。(笑)
同じホームなら問題ないはずだけど鉄道会社が違うらしい。
とにかく無事乗り換えた事でホッとしたのをよく覚えてます。
それで気が緩んだのか、この愛知環状鉄道の事をあまり覚えていんだよな~。
変な記憶が静止画像のように目に焼き付いてます。
車両の中にバスのような料金投入口と料金表示。まるでバス?。 整理券まであったような?。
ちょっとおぼろげな記憶・・・
とにかく予定通り新豊田駅に到着。 訪問先はこの駅近くの大きな商業施設だったと思います。
なんかすごく寒かった気がする。
そのビルはまだ開店してません。それは分かっていて、中へ入れるよう手続きをお願いしていました。
ところが、守衛室へ行くとそんな手続きはされてない、と言うのです。
ハア?そんなはずはない。昨夜2度も確認したんだから。
でもその守衛室では手続きされてない。だから入ることは出来ない、と言うのです。
もう、真っ青!。どうしよう。 ここでつまづいたら金沢へ行けない・・・・。
こりゃ会社から大目玉だ。 相手のミスでも絶対僕の責任になるんです。 そういう会社でした。
必死で守衛さんへイキサツを説明しましたワ。 でも絶対入れてくれるはずないんです。
なぜなら行き先は 「 宝石店 」。 マネージャーさんが手続き忘れとったんですワ。
しかも仕事の内容は宝石の陳列ケースを開けてカギの修理。
だからものすごく大事な手続きだったハズなんです。
お店の人がまだ来ていないのに宝石の入ったケースを守衛さんが開けさせるはずない・・・。
「 絶対あり得ない 」 と思いながらお願いする自分がアホに思えた(笑)。
しかしこの守衛さん。 困り果てた僕に同情したのか入店を許してくれた!。
これは信じられない事なんです。 僕は宝石のケースすべてを開けるカギを持ってるんですから。
誰も人いないお店の中で宝石ケースを開ける。 それを手続きしてない部外者が。
この守衛さん事の重大さを分かってるのか・・・?。
僕だってこのことが会社に知れたら・・・もしかすると勝手に宝石ケースを開けたと大問題になるかも。
こんときゃ開き直りましたね。 知ったことか、と。 今よければすべてヨシだ。
宝石ケースのカギを全部チェック。 大急ぎで修理。
しかしあまり満足出来なかった記憶があります。 点数で言うと60点てとこか。
あまり時間をかけられない。 とにかく急いでお店を出て守衛さんにお礼。
そのまま来た経路で名古屋駅まで戻りました。
名古屋駅から金沢駅行きの特急へ乗り換え。
待ち時間の間にデパ地下で弁当を購入。 これもよく覚えている。 駅弁はキライだったから。
1000円くらいの 「ひつまぶし弁当」 だったはず。
1000円は僕にとって大きな出費なんだけど、美味そうでつい買ったのでした。
後になって「ひつまぶし」が名古屋の名物と知ったんだっけ。
あの頃一食500円が基準だったなあ。大阪は案外安かった。都会なのに宮崎と変わんなかった。
特急の中で食べたけど美味かった事だけは確か。やっぱ駅弁じゃなくてよかった。
名古屋から米原回りの特急だったっけなあ。 ずっと寝てたはず。携帯なんてない頃の話。
現在は時間潰す方法がいくらでもあるよね。
金沢までの所要時間は覚えててません。
金沢駅からはタクシーに乗った。 そんな遠くじゃなかった。
会社の規定でタクシーは禁止なんだけど、約束の時間が迫ってたんだと思う。
こちらも宝石店のカギ修理。 これがよく覚えてない・・・あまりうまくいかなかった記憶があります。
豊田より悪くて50点くらい・・・。
金沢駅に戻って大阪行きの特急に乗りました。 PM8:00発くらいだったんじゃないかな。
ここからようやく 「 ますのすし 」 の話。

特急の出発時間が迫ってて、弁当とかファストフードを買う余裕がなかったんです。
仕方なく駅の売店で嫌いなはずの駅弁を買いました。 もうほとんど駅弁は売り切れで2種類しかなかった。
味なんてどうでもよかったので安い方の「ますのすし」を買ったんです。
値段まで覚えてます。800円。
ところがこのますのすし。 すごく美味しかった!。 駅弁なのにこんな美味いもんがあるのかと驚きましたワ。
「 駅弁は不味い 」 そいつは思い込みだった。
うまい駅弁もある!と言うことを気付かせてくれたのがコレなんです。
特急雷鳥じゃなかったかな。最終便でした。自由席は満席で窮屈だったのを覚えてます。
大阪駅に到着したのは0:00前。社宅へ帰ろうにも地下鉄は終了。また自腹でタクシー・・・。
そして翌日出勤すると命令した人がキョトンとしていた。 「 ほんまに一日で帰ってきたん? 」
なんだよそりゃあ、昨日のドタバタはなんだったんだよ。
会社では一泊するだろうと思ってたらしいのです。 発破かけるつもりで一日で帰ってこいと言ったらしい。
あの頃こんな事の繰り返しだったなあ。
まあそんな事をこの 「ますのすし」 を見ると思い出すんですよ。
おかけで時刻表はすらすら読めるようになりましたワ。
最近はスーパーなどで全国駅弁フェアなんてのをやるので年に1、2回はお目にかかれます。
不動の一位人気 「いかめし」 とともに売り切れで買えないことも多いですね。
たまたま閉店間際のフーデリーで見つけたんです。なんと半額!。

当時800円だったのに、今じゃ1300円もする高級弁当ですワ。 650円で買えるなんて奇跡でした。
ウマかったです。 あの時の味のまま。 当たり前だけど。
本来は笹ごと切って食べるらしい。 マスだからさっぱりしています。 特にご飯の味がいい。
人によっては生臭いと言う人もいます。 僕は気にならないですね。
押し寿司だから厚さは2センチくらいしかありません。 でも食べてみると結構な量です。
懐かしい思い出の詰まった弁当ですワ。また電車で旅したくなったきた(笑)。
※ フーデリーはというのは宮崎のスーパーなんですが、異彩を放つお店です。
このスーパーの事は「やまけんさんのブログ やまけんの出張食い倒れ日記」に紹介されています。
やまけんさんすっかり有名になったねえ。
この駅弁は地元宮崎の異色のスーパー「 フーデリー 」で買った物です。
長い話なのでこの ますのすし についてはずっと下の方を読んでください。
途中は個人的な思い出話なので読む必要はありません。

駅弁は大嫌いでした。
バカ高いくせに、冷めていて寒い冬なんか歯が痛いくらい冷たかった。
量だって少ない。そんなモンに安月給つぎ込む余裕はありませんワ。
単なる出来合い食材の詰め合わせも多い-。 そんな偏見もあったんだと思います。
僕はずっと以前、出張族でした。 毎月、毎週出張、日帰りから一泊二日。一番多かったのは1週間前後かな。
時間がもったいないので食事は移動中に済ませてました。今でもそれは習慣になってます。
ファーストフードが手っ取り早くてよく利用してました。
大きな駅だと周辺のデパ地下などで買ってた記憶があります。
同じ高価でもデパ地下弁当の方がナンボかマシだ思ってました。
しかし駅弁に対する偏見を打ち砕いたのがこの「ますのすし」でした。
まったく懐かしい・・・。
これを食べた日はちゃめちゃな日だったので思い出深いんですよ(笑)。
今思い出しても笑ってしまう。
あれは寒い季節だったなあ。もう20年も前の話ですワ。
会社からの急な出張命令でした。
愛知県豊田市 と 石川県金沢市 を回り、その日のうちに大阪まで帰ってこい!。
北陸も東海も行ったことなかったので、経路どころか位置関係すら知りません。
行けと言うだけで交通手段のアドバイスなんてしてくれません。
あの頃、分厚い時刻表なんて小さい文字に目がチカチカするだけでまったく理解不能でした。
会社が終わったあと、大阪駅のみどりの窓口へ相談に行ったんだっけ。
相談を持ちかけるとその人すごく困ってたなあ。結構年配でかっぷくのいい人でした。
う~ん・・・と何度も唸ってたのを覚えてます。 でも一生懸命考えてくれました。
見た目と違って親切だった。かなり遅い時間なのに、30分以上あーでもないこーでもないとプランを考えてくれました。
そして翌日早朝出発。
とにかく朝一番の新幹線に乗ることが大前提。みどりの窓口の人に念押しされてました。
東海道新幹線で大阪駅から名古屋駅へ。
名古屋駅で中央本線へ乗り換え、名古屋駅から高蔵寺駅へ。
さらに乗り換え。愛知環状鉄道で高蔵寺駅から新豊田駅へ。
この高蔵寺の乗り換えが一番不安でした。この日最大の関門といっていい。
前の晩、みどりの窓口でこの乗り換えを調べるのにすごく手間取ったんです。
なにしろ乗り換えが1分!。
通勤時間帯なので到着が遅れたら・・・調べてくれた人もソコまで予測出来ないと言ってたのです。
高蔵寺駅に着いたら反対のホームに猛ダッシュ。
僕だけじゃなかった。
かなりの人が全速力で走ってたなあ。(笑)
同じホームなら問題ないはずだけど鉄道会社が違うらしい。
とにかく無事乗り換えた事でホッとしたのをよく覚えてます。
それで気が緩んだのか、この愛知環状鉄道の事をあまり覚えていんだよな~。
変な記憶が静止画像のように目に焼き付いてます。
車両の中にバスのような料金投入口と料金表示。まるでバス?。 整理券まであったような?。
ちょっとおぼろげな記憶・・・
とにかく予定通り新豊田駅に到着。 訪問先はこの駅近くの大きな商業施設だったと思います。
なんかすごく寒かった気がする。
そのビルはまだ開店してません。それは分かっていて、中へ入れるよう手続きをお願いしていました。
ところが、守衛室へ行くとそんな手続きはされてない、と言うのです。
ハア?そんなはずはない。昨夜2度も確認したんだから。
でもその守衛室では手続きされてない。だから入ることは出来ない、と言うのです。
もう、真っ青!。どうしよう。 ここでつまづいたら金沢へ行けない・・・・。
こりゃ会社から大目玉だ。 相手のミスでも絶対僕の責任になるんです。 そういう会社でした。
必死で守衛さんへイキサツを説明しましたワ。 でも絶対入れてくれるはずないんです。
なぜなら行き先は 「 宝石店 」。 マネージャーさんが手続き忘れとったんですワ。
しかも仕事の内容は宝石の陳列ケースを開けてカギの修理。
だからものすごく大事な手続きだったハズなんです。
お店の人がまだ来ていないのに宝石の入ったケースを守衛さんが開けさせるはずない・・・。
「 絶対あり得ない 」 と思いながらお願いする自分がアホに思えた(笑)。
しかしこの守衛さん。 困り果てた僕に同情したのか入店を許してくれた!。
これは信じられない事なんです。 僕は宝石のケースすべてを開けるカギを持ってるんですから。
誰も人いないお店の中で宝石ケースを開ける。 それを手続きしてない部外者が。
この守衛さん事の重大さを分かってるのか・・・?。
僕だってこのことが会社に知れたら・・・もしかすると勝手に宝石ケースを開けたと大問題になるかも。
こんときゃ開き直りましたね。 知ったことか、と。 今よければすべてヨシだ。
宝石ケースのカギを全部チェック。 大急ぎで修理。
しかしあまり満足出来なかった記憶があります。 点数で言うと60点てとこか。
あまり時間をかけられない。 とにかく急いでお店を出て守衛さんにお礼。
そのまま来た経路で名古屋駅まで戻りました。
名古屋駅から金沢駅行きの特急へ乗り換え。
待ち時間の間にデパ地下で弁当を購入。 これもよく覚えている。 駅弁はキライだったから。
1000円くらいの 「ひつまぶし弁当」 だったはず。
1000円は僕にとって大きな出費なんだけど、美味そうでつい買ったのでした。
後になって「ひつまぶし」が名古屋の名物と知ったんだっけ。
あの頃一食500円が基準だったなあ。大阪は案外安かった。都会なのに宮崎と変わんなかった。
特急の中で食べたけど美味かった事だけは確か。やっぱ駅弁じゃなくてよかった。
名古屋から米原回りの特急だったっけなあ。 ずっと寝てたはず。携帯なんてない頃の話。
現在は時間潰す方法がいくらでもあるよね。
金沢までの所要時間は覚えててません。
金沢駅からはタクシーに乗った。 そんな遠くじゃなかった。
会社の規定でタクシーは禁止なんだけど、約束の時間が迫ってたんだと思う。
こちらも宝石店のカギ修理。 これがよく覚えてない・・・あまりうまくいかなかった記憶があります。
豊田より悪くて50点くらい・・・。
金沢駅に戻って大阪行きの特急に乗りました。 PM8:00発くらいだったんじゃないかな。
ここからようやく 「 ますのすし 」 の話。

特急の出発時間が迫ってて、弁当とかファストフードを買う余裕がなかったんです。
仕方なく駅の売店で嫌いなはずの駅弁を買いました。 もうほとんど駅弁は売り切れで2種類しかなかった。
味なんてどうでもよかったので安い方の「ますのすし」を買ったんです。
値段まで覚えてます。800円。
ところがこのますのすし。 すごく美味しかった!。 駅弁なのにこんな美味いもんがあるのかと驚きましたワ。
「 駅弁は不味い 」 そいつは思い込みだった。
うまい駅弁もある!と言うことを気付かせてくれたのがコレなんです。
特急雷鳥じゃなかったかな。最終便でした。自由席は満席で窮屈だったのを覚えてます。
大阪駅に到着したのは0:00前。社宅へ帰ろうにも地下鉄は終了。また自腹でタクシー・・・。
そして翌日出勤すると命令した人がキョトンとしていた。 「 ほんまに一日で帰ってきたん? 」
なんだよそりゃあ、昨日のドタバタはなんだったんだよ。
会社では一泊するだろうと思ってたらしいのです。 発破かけるつもりで一日で帰ってこいと言ったらしい。
あの頃こんな事の繰り返しだったなあ。
まあそんな事をこの 「ますのすし」 を見ると思い出すんですよ。
おかけで時刻表はすらすら読めるようになりましたワ。
最近はスーパーなどで全国駅弁フェアなんてのをやるので年に1、2回はお目にかかれます。
不動の一位人気 「いかめし」 とともに売り切れで買えないことも多いですね。
たまたま閉店間際のフーデリーで見つけたんです。なんと半額!。

当時800円だったのに、今じゃ1300円もする高級弁当ですワ。 650円で買えるなんて奇跡でした。
ウマかったです。 あの時の味のまま。 当たり前だけど。
本来は笹ごと切って食べるらしい。 マスだからさっぱりしています。 特にご飯の味がいい。
人によっては生臭いと言う人もいます。 僕は気にならないですね。
押し寿司だから厚さは2センチくらいしかありません。 でも食べてみると結構な量です。
懐かしい思い出の詰まった弁当ですワ。また電車で旅したくなったきた(笑)。
※ フーデリーはというのは宮崎のスーパーなんですが、異彩を放つお店です。
このスーパーの事は「やまけんさんのブログ やまけんの出張食い倒れ日記」に紹介されています。
やまけんさんすっかり有名になったねえ。
Posted by myconid at 22:24│Comments(0)
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